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2008.09.18 Thursday

昇華のための記憶の反芻


15年程前に描いたもの。

小学校からの帰り道、近過ぎる家への帰路を、何回も巡回し
考え事をするためにただ歩いた。
ランドセルを背負いながら、様々な事を思い悩んだ。
「私は人がどうしても描きたいが、これは良く無い事なのではないか?
もっと、山とか、木とか、枯れた感じ?のものを対象にしたほうが
高度な精神を持つとされるのではないか?
人は、なんだかいやらしいものを感じるから、それを描く自分も
そうなのではないか?」
語彙は当時とは違うとは思うが、大体変換するとそんな意味のことを
考えていた。
外からどう見られるかを気にするのは、当時から過剰にあったようだ。
ジャッジを下される事に怯えていたというか。

小学生の時代は長い、本当に色んな事を感じ考え悩んだ。
疑問と憤懣の固まりだった。
誰かに意見を聞く事は出来なかった。
「そんな事は考えなくていい」「感じる方が悪い」とは
今に至るまで度々言われる言葉だ。

今、小学生の子を持つ身だが、あのひとは私とはもちろん違う人格、性格、
家庭の背景を持っているので比較出来ないが、とりあえず、話をちゃんと
聞いてあげよう・・・。ごめんなさい。(直接言え)

コメント
いろいろ理由はあったのだけれど、私は小学校の高学年から中学まで、毎日毎日不安と恐怖に縛られた子どもでした。
通学路のおじぞうさまの前ではいつも心の中で助けを求めていたし、内気な反面、心の芯に炎みたいなものをいつも感じていて、苦しくて仕方がなかったなあ。
大人になってだいぶ経つまで、電話のベルにもびくっとするような人だったのに、いつからこんなに力の抜けすぎた人になってしまったのだろう・・・(--)。
トンネルの出口ってあるんだなというのを、何となく学びましたね。また入ったとしても、たぶん出られるだろう、みたいな。
その当時はもう、本当に辛かったけど、耐えちゃうタイプなんです。ズボラだから。。。
まあ、おそらくは根本の性質は呑気だったんだろうと今は思います(笑)。
  • kokoro
  • 2008.09.20 Saturday 10:41
なんかすごーく共感を覚えますよ・・・こわいくらいに。
kokoroさんが同じクラスだったらよかったのに!
なんて
詮無いことを言ってみる・・・

私も眉間にしわを寄せてだまっていると、子供時分は「ネクラ」
とか言われてからかわれたけれど、自分では「ネアカ」
と思っております。
  • 餡主
  • 2008.09.26 Friday 03:55
どこか抜けているから、生きて行けるんだろうな、なんて思ってましたが、
最近は抜けすぎてて危ないです。
そして、意外にしぶとい生命力(笑)。

個展のお知らせ、楽しみにしています。

あ、それからワレモコウ、私も大好きなんですよ。あれだけの束を買ってきたりします。
  • kokoro
  • 2008.09.26 Friday 13:27
吾亦紅、われもまたあか、ということでしょうか?
なんか素敵ではないですか?
あなたも紅く?わたしも亦、紅く・・・

kokoroさんのブログでは、植物がすごくきれいに撮られて
しかも小さきいきものから大きい存在まで、慈しんでいらっしゃる
文章が、「安心できる母星?の家」って思う今日この頃。
何か共通する匂い?!を初めてお目にかかったときに、既に感じては
いたけれど。ますますましてます。(ま多い!)
  • 餡主
  • 2008.09.29 Monday 09:45
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